あいのうた

大切な一日一日を書き留めたい。 そういう思いから、始めてみることにしました。

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日本文学

そういう名前の講義をとっています。
内容は古典なんですが、先生がすっごくおもしろくて、楽しい授業です。先生は元DJらしく、声がとっても素敵でかっこいいです。姿は軽部真一さんを渋くした感じなんだけど(笑)。
今日は伊勢物語の六十九段を読みました。
狩りにつかいにやられた男が、伊勢の斎宮の女に懇切丁寧にお世話してもらったので、「今度(ふたりっきりで)お逢いしませんか」って言ったんだけど、はてさてふむー。みたいな内容です。
古典てのは、色恋ものばかりーって思いがちだけど、実はその裏側を吟味しろ!ってのがおもしろいところ。
目の前のものをそのまま表現するんじゃなくて、わざわざ別のものとか景色とかにたとえたり重ねたりしてぼかしているのが、日本の和歌独特の表現なわけで。
あの方への恋心が募るわ、とかそのまま言っちゃうんじゃなくて、例えば「雲隠れにし夜半の月」と歌うことで、目に見えない心を表現しようとしたそうです。
しかもそれを、和歌の一定のルールの枠の中で!!
昔の日本人の繊細さというか、遊び心というか余裕というか…なんか、スゴイ!って私は思います。
今、私は目の前にあるものをそのまま受け止めるだけしか出来ないから。
そのくせ、自分の言葉の裏側にいろいろ意味こめちゃうところが…なんか、私、アンバランス!?なのかも…と思うときもあります。
でもみんな、自分では他の人の言葉の裏の意味って分かってるつもりなのかも。つもり、なんだよね。そういうもんなのかもしれません。
そんで、自分も言葉の裏側に別の意味を託そうとする。それが分かってもらえると、自分のことをわかってもらえたような気がするのかもしれません。

ん、なんの話をしてるんだか。。意味深?


今日はこの歌が印象に残りました。


君や来し われやゆきけむおもほえず 夢かうつつか 寝てか覚めてか

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  1. 2005/12/08(木) 00:00:24|
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献体登録

母が献体登録を考えているらしい。

献体とは、死後にその遺体を大学へ提供し、解剖学実習へ役立てて、ひいては未来のお医者様養成に役立てようとするもの。
本人が献体の会に会員登録して意志を示しておくことが第一前提になる。

でも、ここで問題なのは、家族の同意がなければ献体することができないということ。
一人でも反対している人がいれば実行されないらしい。

母はこの齢になって、自分の死のことを考えるらしかった。
祖父が亡くなってから、それは確実に自分の身のうえに起こることとして考えている様子が伺えたから…


「まあ、あんたも考えていてちょうだいよ、お母さんがこういうこと考えているって」


母は、自分の身が誰かのために役立つのであればそれもいいかなと考えて、献体登録を考えている。脳死の際の、臓器移植の意志を示す、黄色いドナーカードも持つつもりでいる。

私の考えはこうだ。

「献体は納得できない」

そうはっきりと母にも伝えた。

献体したいという母の意志は尊重するべきだと思う。けれど、私は母の遺体が解剖されることに抵抗がある。倫理とかそういう難しいことじゃない。私は、きれいな母のまま焼いてあげたいと思うから。




まだわたしは、考えられない。
考えたくない。
でもいつか母は死ぬ。
そのとき、私はなにを思うだろう?


  1. 2005/09/22(木) 21:22:20|
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愛しのオニツカタイガー

代官山にオニツカタイガーの路面店があるらしい!!
という噂を聞きつけて(遅)やってまいりました、久々の代官山です!!
オニツカタイガーとは、アシックスのブランドで、レトロなデザインがとってもカッコいいスニーカーです。
私は高校の頃から体育の時間アシックスを愛用していたのですが、あの独特のカラリングとデザインが大好評でした。とっても気に入っていたのですが、ずっと靴箱におきっぱにしていて、それを卒業のとき持って帰るのを忘れて、春休み部活のついでに取りにきたらすでに処分されていたという悲しい思い出があります。
だからもう一度アシックスの欲しいなーって思ってたら、オニツカタイガーの復刻版があれよあれよという間にブレイクして、今では気軽に買えるようになったんだもんなあ。。
そのおかげで、こうして代官山にショップが出来たんだから良かったんですが♪
なかなか素敵なスニーカーがたくさんありましたよー!
なんでこんなにかっこいいのにかわいいんだろう。
もう一足欲しいなああ。
あと、タイガーがジップになってるジャージも売ってました。これまたいかついのに、かわいい。
ぜひぜひみなさん足を運んでみてください!!
代官山アドレスを郵便局とケーキやさんの方に向かって奥に入ってすぐです♪(分かりにくい)

あとフラボアに売ってたムーンスターの靴もこれまたかわゆくて…うぅー。。よかー。

その日は、無料で電動自転車を貸し出してくれる体験フェアをやってて、早速乗ってみることに。
坂道でもラクラクに登れるアシスト付きのやつです。
自転車乗るの、久々だったんでちょっと怖かったんですが、すっご楽しかったです(笑)。坂道からでもこぎ出せるんですよ!?ちょっと感動してしまった…代官山に合ってますね、これは。
すいすい走りながらローリーズ~劇団ひまわり~恵比寿~産能大学まで行って戻ってきました。ちょっと、頭がぼーっとしました。アシスト付いてるのにボーっとするなんて…どんだけ運動してないんだ私?

乗ったらアンケートに答えなきゃいけないんで、ちょっと面倒くさいんですが。確かあと2、3日はやってると思うので、もし機会があったらぜひ~♪
場所は、アドレスから見てバニスターとかハンジローのある通りの右手側の奥…?(分かりにくい)


  1. 2005/08/12(金) 16:23:56|
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オーケストラ楽器別人間学

今日は久々に本を買いました。
「オーケストラ楽器別人間学」です。
NHK交響楽団の主席オーボエ奏者である茂木大輔さんが書いてる本で、以前ハードカバー版で読んだのですが文庫版で安かったので買っちゃいました。
茂木さんは各国の演奏旅行に行った際などのエピソードやオケの人間模様、オーボエに対する思い入れなどとても分かりやすくおもしろおかしく紹介してくれて、どの本も大変面白いです。

中でもこの楽器別人間学は、ある楽器を演奏する人の人間性と、その楽器との間にある特性の一致や特徴としてあげられることを中心に、よく周囲の人間を観察した面白い内容です。もちろん科学的な根拠は一切ないんですが、そうそうあるある、という共感が持てて楽しい…
人間学専攻としては、こういう視点もアリかなあと思えるわけです。楽器やってたしね★

その楽器をやってるイメージというのが、やっぱりみなさんあるみたいなんですよね。例えば、女の子らしい―「フルート」とか、華やか目立ちタイプ―「トランペット」とか。
オケやブラスに関わってない人から見てもそういうイメージがあるように、実際演奏してる本人たちの中にもイメージがあるんですよ。(もちろん皆が厳密に当てはまるとかじゃないんですが。)

そのイメージとか性格的な特徴が、どうやら楽器から派生してくる面もあるみたい…?!ということは、楽器を選ぶときからすでに性格が反映され始めるってこと!?

でも自分はこの楽器がやりたかったのに、仕方なく別のになったってこともあるじゃないですか(自分はそうでしたフルートがやりたかった)。

そういう場合も含めて、「演奏しているうちにその楽器からどんどん影響を受けた」または「そもそもそういう性格だったからその楽器を選んだ」ということが、どうやらあるみたいなんですよねえ。
多分野球とかいろいろなことに当てはまると思いますが、やっぱりその仕事にあった性格とか性質っていうものは、ありますよね!ってまた就活っぽくなってしまいましたが…

で、自分はどうだったかというと…

うん、あたってるかもしれません。笑
楽器別適性フロチャートでも、見事にオーボエでした。
自分はきっとフルートじゃあなかったんだなあって思うことにしています。
みなさんも興味があればぜひぜひ読んでみてください。

  1. 2005/04/26(火) 20:12:59|
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教育と、働く、ということ

「学校においては、地域や学校の実態等に応じて、就業やボランティアに関わる体験的な学習の指導を適切に行うようにし、勤労の尊さや創造することの喜びを体得させ、望ましい勤労観、職業観の育成や社会奉仕の精神の涵養に資するものとする。」


上は、高等学校学習指導要領の総則、第一款の四に記されている文を引用したものです。

指導要領っていうのは、文科省が学校教育はこういったことを目的として行うようにという内容を示したもので、要するに学校で何を教えるべきかということをずらずら書いてあるものです。
ってことは、つまり、私はこういうことを教わってきたはずなんです。
うん、そういう授業あったねえ。将来何になりたいか、そのためには今なにをしたらいいか等、道徳や学級活動でやってたなあ。中学校じゃ、職業体験なんかもあったなあ…


しかし。



お恥ずかしながら、学校教育の目的がなんであるか!!
私はそれをまったく考えずに生きていたことに最近気付きました!!


憲法に定められてる教育、納税、勤労の義務。
それは分かってました。
でもそれが何のためにあるかをちゃんと考えてなかった。


納税は国民生活と福祉の向上、それを実現するために勤労、それを実現するのが教育。だって勤労するためには、その意義が分かってなきゃならないから。それを考えなきゃ、多分自立しようって考えにたどり着かない。それを考えていくのが生きるってことだ。それを援助するのが家庭教育であり学校教育なんだ。
大きく言っちゃえば、自分の道を切り開くための教育なんだ。



私、そこにある課題としてしか勤労や職業というものをとらえていなかった。目先のことにとらわれてて、それが連続的なものだということに全然気付いてなかった。
要するに、自分について真剣に考えてこなかったってこと。
その場その場でなんとなく切り抜けてきたんだ。


皆さんはそんなのとっくだったかもしれないけど…汗。
ニートやパラサイトなんかが増加してる現状を考えると…教育の目的を達成するソフトがうまく機能してないように思えてなりません。(文科省批判になっちゃうかな?)


「なんで働かなきゃいけないの?」
「なんで勉強しなきゃいけないの?」
「義務なんて押し付けないでよ」
「自分のしたいことすればいーじゃん」

その通りです。わかんないよね。
知らないよ、って思うよね。
でもね。

私たちが生かされているのは、これまで勉強して働いてきた人間がいたからなんです。
責任、っていう言葉はふさわしくないかもしれないけど、生まれてきたからには私たちもそれを行うべきなんじゃないかなあって思う。もちろん自分のしたいことすればいいし、それはすごく大切なこと。
だけどそれだけじゃなくて、今生きてるこの社会に関わってみて、一ミリでも良くできたなって思えたらもっと素敵じゃないですか。


だから私は、今を生きてる児童・生徒さんたちに―ちょっとでもいいから、自分は何のために生きてるのか、そういう思索の種をあげられる、引き出してあげられるような教師になりたいと思う。


あなた自身のかけがえのない今が、ずっとずっと、あなたが生きる道に連続してるんだよってことを。

  1. 2005/04/21(木) 22:45:07|
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